デジタルオーディオあれこれ

半田ごての人。紙と鉛筆だけではちょっと。

mofi-gate事件。現実と幻日の狭間。

 昔ウォーターゲート事件と言うのがあって、以降は何かの疑惑があったりするとXX-gateと称する事が多い。今、主に英語圏のオーディオ界隈でチョー盛り上がっているのはmofi-gate事件。mofiとはmobile fidelityという過去の名盤をマニア向けのレコードとして発売してきた老舗のレーベル。最近のレコード売り上げに大きく貢献しているブランド。なにしろ高価格。

 

 45回転だと、$200は超えるのでないだろうか。33回転でも$100するはずなので。限定販売ですぐに売り切れる。eBayで探すと、元値の倍はするのでなかろうか。人気の元は散々使い古されたフレーズではあるけれど、「オリジナルマスターテープからの復刻」。問題になっているのは、その復刻過程でDSDつまりはデジタルの処理をしていたという事が明らかになったから。

 

 これはどうも昔から少し曖昧だったらしい。他の復刻レーベルのspeakerscornerとか analog productionsは復刻過程を全部明らかにしていて、デジタルの処理は一切含まれていない。mofiにはそこまでの透明性はなくて、one-stepという製造方法でレコードを作っていますよ、というのが売り。ただ、彼等のレコードを多くの人がベストであると激賞していたのは事実。

Technologies – Mobile Fidelity Sound Labs

 

 ここは70年代ぐらいから商売しているので、その時代は言うまでもなく全部アナログ。なのでユーザーからすると、今に至ってもずっとアナログなんだろうという思い込みが強かったのかもしれない。実際、それらしき事を明示はしていないが暗示するぐらいのことはあったみたい。でもその界隈では、100%アナログ処理と皆は確信していたので、実は違ったというのでオオワラワ。

 

 これはかなり難しい問題で、どこに視点を置くかで何に対して問題視するかが違って来る。一番確かなのは、ある程度の意図を以てデジタル処理を隠していたのは間違いないので、倫理的な問題。不誠実であると。但し、法的な問題にまで発展させられるほどの証拠はないらしい。そうならない程度の曖昧さでもって、アナログ処理ですよ、と宣伝していた。倫理上問題であっても、損害賠償までにはいかないもよう。

 

 そこから先は、アナログ信仰の有り無しで大きく二つに分かれる。アナログ至上主義の人にとっては、デジタルのデの字があっても許せない。mofiの音が良いのは誰もが認める事で、アナログ信者であれば、デジタル処理していないからそうなんだ、と思い込む。些か曖昧なmofiの宣伝文句を見たとしても。アナログ凄いよね、万歳と言ってきた。

 

 ところが卓袱台返しされたので、激怒。100%アナログのために高い金も払ってきた。損した上にプライドまで傷つけられたので、怒髪天を突く。youtube見ていると、そんな感じの人が多い。mofiは謝罪しろと言ってる。そして事の発端となったビデオを公開したyoutuberがmofiに突撃取材して、現場のエンジニアからその事実を確かめた。彼等はあっさりと言っている。30ipsのテープよりもDSD256の方がより正確なんだと。

 

 アナログ信者にはどうもその言い草が気に入らないようにみえる。彼等は謝罪するべきだと言っている。そして突撃したyoutuberの努力は評価するが、質問が曖昧であってプロのジャーナリストと共に行くべきであったと。しかし意図的に隠したのは営業側なんだから、現場のエンジニアに権限はない。謝罪するのであれば営業側であって、エンジニアは無関係。 

 

 そういう硬めの取材だと、ホントの話はしないし、そもそも受けない。雑談に毛の生えた程度だったからこそ、少なくともエンジニアの本音は聴けた。法的論争にしてしまうと、もう無理な話。もう少し意地悪な見方をすると、30ipsがDSD256に劣ると言われたことに憤慨している。彼等はプロだから、最終製品がベストになるような選択しかしない。現場の人間とお客さんとはそこが決定的に違う。

 

 回路設計者であるとかマスタリングの職人は現実しか見ない。最善な方法論を常に目指す。デジタルがアナログを凌駕しているのであれば使う。そうでなければ使わない。それだけの事。アナログ神話はなくて現実のみ。お客さんはアナログ神話という幻日を見ている。幻の太陽を本物と勘違いしている。現役のエンジニアだと大きな声では言えないが、客の言う事なんか聞いてたらまともなもんは作れんぞ、が本音。そのためには、仕事辞めて趣味としてまっとうな物を作るしかない。

 

 要は、何を求めているかが違う。アナログ神話を捨てずに良い音にしたいのか、それを捨ててでも良い音にしたいのか。その視点がそもそも違っているから、供給側この場合は現場のエンジニアとお客さんとは話がかみ合わない、と思う。現実論として、デジタルを含むか否かは最終目的のための一つの要因に過ぎなくて、全てではない。現場の人間にしか分からないもっと決定的な要因は幾つもあるはず。デジタルのみに拘るのは愚かで、木を見て森を見ず。

 

 レコード製造の過程を眺めると、一番のキモはカッティングでないのかなと思う。ラッカー盤を刻む工程。speakerscornerだと、マスタリングエンジニアの名前よりもカッティングエンジニアの名前を上げている。もちろん経験ないのだが、これは究極のアナログなので相当な熟練が必要なはず。到底マスタリングの比ではないだろうと、想像がつく。ここでヘタを打てば全ては終わり。デジタル云々の出番なんてない。

 

 mofiの場合、万を超える数を出している。このような金属原盤から直接プレスする場合、2500ぐらいが限界だと思う。限定販売はたいていその位の数。なので複数の金属原盤がないと物理的に不可能。普通のレコードならば、スタンパーというのがそれに相当する。その場合、毎回ラッカー盤を作るのか、それとも金属原盤だけを元のラッカー盤から作るのかは書いていない。どっちが良いのかは分からないし、もしもラッカー盤から作るのであれば、最初のと同じには決してならない。

 

 33回転と45回転でも大きく違う。これは聴くよりも見た方が早い。明らかにDレンジが違うのが分かる。音を聞いても全然違う。テープにすると15ipsでも45回転より更に良いと思う。そして30年以上のキャリアのエンジニアが言うのだから、DSD256は30ipsよりも良いのでしょう。というか、元との変化がないというのが正しいかも。テープのような回転系で高い時間精度を出す事は難しい。

 

 まだアナログのテレビだった頃、色はサブキャリアの位相で表していた。プロ用だと、1nsずれると、つまりはジッタがあると色のにじみになる。70年代後半ぐらいの初期のプロ用ビデオは、とんでもなくでかいリールで弾性を持たせたりしたけれど、到底

1nsには及ばなかった。解決したのはデジタル化。やっと映像用の8bitADCが開発されて、FIFOで時間軸補正すると完全に解決した。

 

 テープがDSD256に劣るというのは当たり前の話、聞いてどれだけの差になるのかは分からないけど、プロならば気になるのでしょう。想像だけど、作っている側の人間からすると素人のアナログ幻想には付き合ってられない、が本音。突撃取材の時のエンジニアの態度が気に入らん、と言うのはあながち嘘でなくて、彼等の本音がにじみ出ていたのでないだろうか。

 

 最終製品のレコードを最高にするために俺たちは最善を尽くしている、デジタルはそのための一つの手段に過ぎない、なのにどうしてこんなに大騒ぎするんだよ、あんたら欲しいのは良い音でないのかい、と言った塩梅でないのかな。枝葉の話ではなくて、もっと大局的に全体を見てくれよ、うんざりだぜと。

 

 更にもっとオタクに突っ込むならば、DSD256は決して最善ではない。今となってはかなりの悪手。DSDの説明として、1bitにすると製造の過程がシンプルになるので良い、なんて書いてある。意味不明。1bitでの編集なんて原理的に不可能だし、64bitなら複雑でダメなんて事もない。デジタルなんだから、どっちでも同じ。DSDの利点は、sacdのような限られた容量に収められるという点以外にはない 。

 

 レコードにしろテープにしろ再生するためにはそれなりの装置が必要。その性能次第で音はどうにでも変わる。デジタルのDSDでもPCMでもやはり同じ。再生装置(DAC)が必要で性能はそこに依存する。より簡単に安い再生装置で間に合うような方法論が正しい。神話でなくて技術で語るのであれば、答はデジタルであるしDSDではなくPCM。DSD256でも意味はない。

 

 DSDの問題は古い規格であること。DSD256はsacd(DSD64)に縛られる事はないので現代的になっているかもだけど、DSDと1bitDSMは基本的に別物。同じ1bitのDSMであるけれど、変調方法が違う。sacdの変調は、今の1bitDSMに比べるとかなり落ちる。時代が古いので仕方のない事。今の1bitDSMでも、本質的な短所はやはり残る。

 

 例えば、D90はI2S入力があるので、DSDでもPCMでも直接入れられる。歪はどちらでもほぼ同じだが、S/Nでは5~6dBぐらいDSDは悪い。これは1bitDSMの原理的な問題でどうしようもない。PCMだと121dBぐらいだが、DSDだと116dB程度。DSD256だと同じか少し悪くなる。DSD128ぐらいが最善。現実のDACという場合、クロックを上げても必ずしも結果は良くない。DSD512は間違いなく数字ではDSD128より悪い。

 

 ラッカー盤を作るのであれば全然問題にならない程度であるけれど、アーカイブとして残すのであれば、わざわざPCMの劣化版であるDSDを使う必要はない。アナログ神話の様にDSD神話と言うのもあるので、DSDでの保存と言う話は良く聞く。技術論としては賢い方法ではない。30ipsがDSD256に劣るという話が不興のように、DSD<PCMも好まれないみたいだけど(お客さんに言うと不興を買うでしょう)。

 

 DSDというかDSMを使うのは、あくまでもDACとして再生する時の方便なので、使い道は限られている。実際、市販性のDSMDACは1bitも可能であるけれど、押してはいない。数字が出ないから。ディスクリートDACを作る時には、直線性の問題がない1bitは有利であるけれど、S/Nでの不利はハイエンドになって来ると中々に難しい。なので良い所取りの出来る2bitというのが、最善だと思う。実際、比べてみると差は歴然。

 

 結局、一部分のみにトコトン拘るお客さんと、最終製品に最善を求めるエンジニアとの間には、必ず乖離が生まれる。mofi-gateの本質はそこ。曖昧にして売り上げを伸ばしてきた営業方針は、いずれツケを払う事になるだろうけど。物の見方は人それぞれなんで、mofi-gateにもいろんな意見がある。騙されて高い金払わされていたのなら、そらぁ怒る。それは当然。でも本質はそこじゃないよね。