デジタルオーディオあれこれ

半田ごての人。紙と鉛筆だけではちょっと。

シーズン3の1bitDSM基板。♪ 120dB越え~~ ♪

 大河ドラマじゃないけれど、PCMがDSMにゴボウ抜かれて「時は今」と思ったのが去年の五月。理論的には1bitDSMの可能性はとても高く、PCMとは違ってディスクリートであっても優位性はそれほど落ちないので、試す価値はありと基板を作ってみた。そして、あれこれ試行錯誤をしながら終にシーズン3までやって来た。

 

 1bitDSMはChordが有名で、詳しくは分からないものの原理としてはSignalystの改良版でないかと思う。1bitDSMのデジタル信号を74HC595のようなシフトレジスタの出力でドライブする。これはアナログ領域でのFIRとして機能するので、SNRを上げつつTHDも改善していく。

 

 問題は、74HC595のような論理ICの出力は、決してopアンプのような高いSNRを期待できるものではないので、SNRはあまり高くならない。基本的なSignalyst方式だと、100dBを超えるのは難しい。このぐらいの数字になると思う。

https://www.diyaudio.com/forums/digital-line-level/345385-star-pure-dsd-dac-signalyst.html

 

 Chordの場合、THDもNも117dBぐらいになっている。

https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/review-and-measurements-of-chord-qutest-dac.5981/

パルスアレイという言い方をしているけれど、どんなトリックを使っているのかは企業秘密と思う。上のHPではDynamic rangeが117dBとなっている。これは2Vppでの測定値で3Vppにしても同じとか。このあたりは、ESSとかAKMの4Vppで出してくる高SNRDACとは、些か趣が変わる。基本原理の違いか、若しくは測定機側の問題でなかろうかと。

 

 いずれにしても、デジタルICの出力で変換を行っているのであれば、これは驚異的な数字。この方式はシーズン1の基板で少し試したけれど、脈なしとして諦めた。相性悪かった。エソテリックの300万ぐらいのも基板の写真から判断するに、Signalystの改良版と思う。デジタル側との間に何がしかのアイソレーターを入れているみたいだけど、所詮はデジタルICでのドライブになる。さて、どんな数字なんだろうか。

 

 更にその上を行くのがMola Mola。

https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/mola-mola-tambaqui-dac-and-streamer-review.10770/#post-299950

Chordのような既成のDACチップを使わないのを、boutique DACと言うらしい。あつらえ品というような意味だろか。こちらはどうやらカスタムの変換ICを作っている。ロゴからすると、AD製。PWMと書いてあるけれど詳しくは分からない。ノイズレベルの低さからすると、Signalystの亜種ではなさそう。フルスケールでは、125dBを超えている。値段が張るのは、カスタムICだからなのかな。正に、boutique。

 

 変換に際してリニアリティという概念が存在しない1bitDSMが、究極の方法論であるのは事実。後は如何にして実現させるか。シーズン1の基板が形になったのは、差動アンプでデジタル側を絶縁したから。差動アンプは、アナログ領域では温度特性に優れたアンプ。デジタル領域ではスイッチとして機能するので、デジタル側からのノイズは遮断する。特に音声帯域であれば、完璧な絶縁となるから1bitDSMでも有力

 

 問題なのは、かなりの数のタップを用意する必要があるので、ディスクリートでは場所を取るし、負荷容量も増えるのでスイッチング速度が遅くなる。おまけに浮遊容量その他で不安定になって、300MHzぐらいで強烈に発振する。ドライブするデジタル側のFPGAも、完全にスキューのない信号を出してくれないと困る。スキューはそのままスイッチングの乱れで、THD+Nは悪化する。

 

 シーズン2の基板はその魑魅魍魎との関ヶ原で、敵は闇の中に隠れているので中々実態がつかめない。まさかの小早川の寝返りみたいなのもある。川の主のイトウを釣り上げる様なもんだから、運の要素が強い。幸運を期待して持久戦に持ち込むしか手はない。デジタルのように、簡単に最適解を見つけるという訳にはいかない。快刀乱麻を断つ、とはいかない。

 

 シーズン3で最終決着したかったけれど、やっぱり積み残しはチラホラと出てきて、実用になるのはシーズン4まで持ち越し。まあ、そこで終わる目途はついたけど。川の水はせき止めたから、後は干上がるのを待つという寸法。備中高梁の逆。必ず大イトウは干上がってくる。シーズン5はやりたくないなあ。

 

 シーズン3の基板はモノラル。ステレオでは、両者の熱的結合が宜しくない。差動アンプのスイッチングはトランジスタのVbeに依存するから、全てが均等な温度になって貰わないと拙い。5mVぐらいの誤差つまりは2℃程度の温度差ぐらいにしたい。FPGAが主な熱源で、そこそこトランジスタとは均等な距離にあるので、他からの熱がなければ5mVは妥当な数字。Vbeで簡単に確認できる。

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  VMT3のトランジスタを基板の両面に実装すれば何とかなる。これは0603ぐらいの大きさ。0402よりは大きいけれど、半田付けの難易度は0402より高いかも。0.5mmのQFP程度。BGAは手付け不可なので、手付けの中ではQFNが一番難しい。それに比べれば、VMT3は数の多さに閉口するぐらい。48tapだと144個になる。一個10円程度なんで、QFNなんかよりはずっと気楽。
 

 今使っているAD9717の3bitDSMも決して悪くはなくて、「私はこれでPCMを辞めました」という、平成製ながら完全な昭和ギャグかました因縁のDACこれはまだモノラルながら 、一番の目的のNならば天城越えならぬ120dB越えで10dB程良くて、THDはほぼ同等(117dBぐらい)の性能になった。AD9717は調整できるので調整直後であれば120dBは超えている。でも蝉程度の命だから、光秀の如く三日天下。暫くすると115dBぐらいまで落ちる。

 

 1bitDSMは調整箇所がないので、基板とFPGAのデータが同じであれば、5分のウォーミングアップでほぼ同じ特性に戻る。ディスクリートであっても。基板のレイアウトも良くなって、動的な 無信号時のSNRは122.5dBぐらい。フルスケール(-1.5dBFS)でのSNR、オーディオ業界のNに相当するのが121dBぐらい。0dBFSはADC(AD7960)の都合で11Vpp。静的な無信号時のSNRは130.5dBぐらい。

 

  静的な無信号というのは、Dynamic rangeと言っているのに近い。DSMDACの場合、無信号には2つの意味がある。静的は完全にDSMが停止している時で、出力に変化はないのでほぼアナログアンプの残留ノイズに相当。動的は、入力がゼロだけれどもDSMが動作している状態なので、パルストレインが音声帯域に及ぼすノイズが静的に加わる。厳密に分けている場合は皆無だろうけれど、原理としては2つある。

 

 静的であっても1bitDSMはデジタル側とつながっている場合が多いので、マルチビットのDSMよりは悪い数字になる。上のChordとかMola MolaのDynamic rangeは動的な方でないかなと思う。確証はないけど。市販品のマルチビットのDSMDACの場合は、無信号を検出するとDACを切り離す信号を出すので、多くの場合これで見かけのノイズを下げている。静的な無信号になる。

 

 但し、検出はDSDのゼロ「11010010」に対して動作するので、SACDからの場合でないと機能しないと思う。今時のHQplayerだとか外部の1bitDSMからの信号は、特定のゼロと言うパターンを含まない。これを含む場合は特定のアイドルパターンが出る可能性もあって好ましくない。なので最新の1bitDSMならば含まない。うちの1bitDSMも特定のゼロは出さないから、検出は出来ない。

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 これが最新版の48tapの特性。四次で128OSR。ここまで来ると、Nは簡単には測れない。ADCの残留ノイズとの2乗平均となるので、実際の数字は補正して求めるしかない。AudioTesterのS/N表示も、ここまで来るとかなり怪しくて不正確。115dBぐらいまでならば大丈夫だけど。なのでRX7で基本波と高調波を除外したノイズ電力を計算して、基本波との差を取る。この場合だと121dBぐらい。APで測ると少し違うかもだけど、基本波の除去の時のノッチの深さなどが誤差となる。誤差はせいぜい0.5dBぐらいと思うけど。

 

 THDはもう少し良い筈。AD7960のようなSARADCは、内部にC2CのラダーDACが入っている。その誤差がどうしても出るのでないだろうか。というのは、少なくとも125dBぐらいのTHDのアナログのオシレーターでもこんな感じ。

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 アナログ型なので、10kHzを超えた所にはもう高調波は出ないと思うのに、消えない。C2Cの誤差でないかと疑ってる。SARADCの利点は高いSNRで、DSMADCは高いTHD。現実論として、4個のAD7960を使うと127.5dBのSNRを問題なく確保できる。THD用はDSMADCを使えば良い。APが2つ使っているように、DIYならばSARとDSMの二刀流が正解。基板の製造も含めて十万以下で出来る。127.5dBのSNRとノッチ併用で140dBぐらいのTHDで、悪くない。

 

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 うちの使用環境では、とにもかくにもSNR優先だけど、測定用として考えるのであれば八次で64OSRと言うのはあり。八次の64OSRだと、今のADCでも120dBのTHDで、実際はもっと良い筈。但しSNRでは四次の128OSRに負ける。変調度を上げられなくてSが低くなるので、SNRは少し悪い(2dBぐらい)。25kHzぐらいから量子化ノイズが上がって来るのは、96tapにしてやると32kHzに最初のゼロが来るようになるので、激減する。

 

 最終的なステレオ仕様では、二つのDSMをリンクして倍の96tapに出来るようにしておけば宜しい。ポストアナログLPFも24dB/octぐらいをオプションで。今は6dB/octだけなのでほとんど素通し。線形位相のFIRが入るので、SACDよりはこれでもずっと小さな帯域外ノイズであるけど。 

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 八次を使ってしまうと、128OSRにしたとしても帯域外ノイズはそこそこ残る。

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 SACD(多分七次の64OSR)はメディアに書き込むという制約で、64OSR以外の選択肢がなかった。なので無理矢理でも次数を上げて帯域内(20kHz)の量子化ノイズは落とした。今は特に容量の制約はないので、64OSRに拘る必要はない。128OSRで充分。但しそうなると、八次は牛刀と言う話になる。音を聞くに、いずくんぞ八次を用いん。

 

 DSMのノイズシェービングとは、ノイズバランシングと考えた方が良い。量子化ノイズの総量は変わらない。帯域内と帯域外のバランスを変えるだけ。八次のような高次は、帯域内を思いっきり減らす分、帯域外が増える。減らした帯域内は機能しない。何故かと言うならば、アナログ的な制約で、八次でデジタル領域でのノイズを抑えても、DAC出力は四次のような低次と同じにしかならない。だけど帯域外ノイズの多さはそのまま。 

 

 四次の帯域内ノイズはそこそこなれど、アナログよりは少し下なので無駄がない。八次と同じになる。帯域外は無意味に帯域内を下げていないのでとても小さい。量子化ノイズ不変の法則によりそうなる。更に、変調度の関係で最大振幅で2.5dBぐらい上がるから、SNRも良くなる。最初のSNR=121dBのは音楽用として、一番バランスが宜しい。こんな感じになる。帯域外ノイズは、再生環境次第の所はあるとしても、小さいに越した事はない。

 

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 元々の目標は120dB以上のSNRだったから、まずは目出度し。1bitDSMの場合、基本的にはアナログFIRでノイズレベルはそのままにして信号だけを大きくしてSNRを稼ぐ。理由は定かでないけれど、THDもそれに連れて良くなる。NとTHDは、他の方式ではかなり異なった性格になる。1bitDSMだと、「年の離れた妹」と言った塩梅で、見た目に差があっても血縁関係あり。だからNを良くするとTHDも良くなってるもの。

 

  1tapから24tapまでは、ほぼ理想的に上がるようになった。 AudioTesterのS/Nの表示は少し破綻しているけれど、ノイズそのままで、信号のみ上がる傾向は分かる。

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 理想的には、48tapはこれに6dBを足した123dBになる。ノイズそのままで信号だけ上がる、というのが原則なので。でもスイッチングが倍になったり加算器での熱ノイズその他で、4dBぐらいしか上がらない。と言っても、今まではもっと少ししか稼げなかったから悪くはない。まだ1dBぐらいは改善できるかとは思う。スイッチングノイズも、随分と小さくなった。

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  あと一押しして、シーズン4の基板では122dBぐらいまで行きたい。ADCもDSM型をそろそろなんとかしないと。SNRの方も、まさか120dBを超える所まで来るとは全くの想定外。AD7960の二個使いで124.5dBならば、十分にお釣りがくると思ってた。まあ、嬉しい誤算なので、こちらもいずれは四個使用の基板を。