デジタルオーディオあれこれ

半田ごての人。紙と鉛筆だけではちょっと。

定在波の節をピンポイントで潰す。部屋の広いは七難隠す。

 もう12年も前の事、母屋を立てた後、オーディオ部屋をその隣に作った。元々その積りだったから、母屋の壁はオーディオ部屋との廊下がつながるようにしてあった。

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 冬の前に屋根と壁だけは張って二年ぐらい放置。母屋の内装に暫くは忙しかったから。オーディオ部屋に手を付け始めたのはブブゼラ華やかなりし2010。窓はまだなかったが、天窓はあったからそこそこ明るかった。電気だけの建物は楽。第二種電気工事士の資格があれば、屋内配線は自分で出来る。

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 都会暮らししていた時のスピーカー(エジンバラ)で聞いてみたら、以前よりもしこたま低音が出た。結局、クラシックで必要な低音は、スピーカーは勿論としても部屋の容積で決まる部分が大きいと実感。それから十年今に至るも、確信は深まる。防音の必要がない環境であれば、容積の勝負。だから天井は高い方が良い。デカけりゃデカい方が良い、という珍しい実例が部屋。床面積60㎡で容積は300㎥ぐらい。もっと広くても良かったと今は思う。

 

 但し、問題がなくはない。部屋は閉鎖空間で無響室ではないので、定在波の節は必ず幾つかが聴いている所にくる。結果として、周波数特性にはかなりの凸凹が発生する。凸はせいぜい6dBなので、問題は凹。こっちは何もしなければ-20dBぐらい落ちる。定在波の影響で特性が乱れるというのは、半分ほんとで半分は誤解。正確には、定在波の節の影響。無響室ではない室内の音は、定在波にしかならないのだから。ほとんどの場合、特定の周波数で発生する定在波、という意味で使ってると思う。

 

 バイオリンの弦の場合は、定在波であって特定の周波数でしか発生しない。室内の場合は、全ての周波数が定在波にしかならない。定在波の節は、どんな部屋の形状であっても聞いている場所に当たる周波数が必ず出て来るので、避けようがない。スピーカーの位置や聴いている位置を変えれば、節の周波数は変わるが、決してなくすことは出来ない。反射板その他も、周波数を変えるだけ。

 

 これは中々理屈では理解できない。定在波の節の凹で-20dBぐらい落ちると、その周波数はほとんど聞こえなくなる。スピーカーから音が出ているのに、何故か聞こえない。そういう周波数(正確に言うならば波長)が、幾つか存在する。少し部屋を歩き回ると、場所によってほとんど音の聞こえない所があると分かる。そこが定在波の節。周波数が変わると、聞こえなくなる場所、つまりは節の位置が変わるだけ。数式的にはそうだし、そこそこ広い部屋を歩き回ると、確かにそうなっている。

 

 定在波のWikiには、互いに反対方向に進む同じ振幅で同じ周波数の音波があると、合成されて定在波になると書いてある。嘘ではないが、室内の定在波の説明としては、些か不十分と思う。思いっ切り単純化すると、室内の場合は、スピーカーの対面にのみ反射面(壁)があるとして考える。元々の音と、壁で反射した音には経路差があるので位相がずれる。運悪く180度ずれたとすると、両者は打ち消しあって零、つまりは節になる。360度のズレだと、二倍になる。

 

 壁からの距離がx0の位置では、音の波長をλとすると、元の音との合成はこうなる。

x0=n ・(λ/4) (n=1,3,5・・・) の位置が節で音は消える。

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 現実的には壁の反射率をk(0<k<1)とすると

 

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k=0.9ならば、

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 元の進行波も少し残るから、無音にはならない。実際は、スピーカーの後にも反射壁があるので、反射波の反射波、そのまた反射波を数個足し合わせた結果が節の位置に影響するはず。その場合も、元の進行波が少し残ると思う。普通の部屋では、そんなに理想的な反射などはしないので、SIMで節の周波数を求めるのは無理でしょう。実際に測るのが一番正確であり、遥かに示唆に富む。

 大工の場合は、材料に教えて貰うと言う。回路設計も然り。実際の回路の応答で何が起きているのが分かる。下手の考え休むに似たり。物理現象に教えて貰う以上の方法論はない。それをしないと、必ず勘違いをする。所謂専門家と言う中に、とんでもない事を言う人は少なからずいる。ははーん、と分かる。この人は自分で確かめた事がないんだなと。現物で自分で確かめる。そうしないと、必ずとんちんかんになる。

 

 もう随分と昔で、まだ管面をデジカメで撮っていた頃のデータ。白は、スピーカー端子の波形で、赤は聴いている位置に立てたマイクで拾った音。10mぐらいの距離があるので、30mSぐらいの遅れがある。振動体は必ず物理的な質量をもつ。なのでF=maに従って、振動は徐々に始まって最高点に達し、消える時も徐々に。いきなり最高点には決してならない。プリリンギングがおかしいと言う人は、物理法則を知らない。最高点の前も後も振動するのが、この世の中での振動現象。これは50Hzの時で、可もなし不可もなし。

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53.5Hzになると、こうなる。典型的な定在波の節。最初の波がやって来てから100mSぐらいして、幾つかの反射波の合成がそこそこ完成したと思われる。そして運悪く、位相が反転に近くなったので、ほぼ消えてしまった。完全に完成するのは、250mSぐらい後。そのレベルが、普通のVU計で測った値。50Hzと比べると、12dB近くは落ちている。これはやはりマズイ。

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 そして物理現象なので、前があれば後もある。前は直接波のみの場合で、後は反射波のみとも言える。後を残響と言うのだろうが、ところがどっこいで、前響というのも存在する。これは中々想像の域を超えている。物理現象に教えて貰わないと、両方ある事にまでは頭が回らない。ともあれ、これが実際の定在波の節。こんな周波数が、残念ながらどう足掻いても、幾つかはは必ず発生する。

 

 単独の正弦波で、普段聞いている位置で実測したのがこれ。補正前と補正後。補正前だと、四か所ぐらいの凹がある。-10dB行かないのでこれは良い方。普通の環境だと、単独の正弦波では凸凹が大き過ぎて測定にならないから、平均値としてワーブルを使う。でも実際は正弦波の方だから、単独の正弦波で少しづつ周波数を変えて測らないと、定在波の節は分からない。定在波の完成にはそれなりの時間が必要なので、インパルスなどでは全く無意味。無響室でスピーカー単独の特性ならば良いかもだが。

 

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 補正後と言うのは、デジタルフィルターで定在波の節を、ピンポイントでつぶした結果。定在波の節を、反射板とか吸音材のような構造物で消す事は出来ない。元々特定の周波数のみを叩くような精度も、高いQもない。複数のスピーカーとデジタルフィルターでのみ可能と思う。定在波の節の成り立ちを考えるならば、そうなる。

 

 上の図では、44Hz近辺に最初の節がある。うちの場合、ウーハーは2mぐらい離れた位置に二つ(それぞれダブルなので、片チャンあたり四本)ある。なのでこの節は、二つのスピーカーが作る二つの定在波がたまたま運悪くほぼ逆相になったので、相殺されて凹になった、と考えられる。途中の複雑な反射の具合は、考えなくても良いし考えようもない。考えられる最悪の解決法は、この周波数でゲインを上げる事。9dBぐらい上げると、机上の理屈としては辻褄が合う。

 

 現実には最悪。まず、アンプがサチるはず。A級なのでそんなに余裕の出力はない。上手く入らない組手を、力任せに叩いてねじ込むようなもの。理屈を考えれば答は単純。上げるのではなく下げる。たまたま運悪く逆相になったのであれば、片方をゼロにすれば良し。そうすれば重しが外れるのでせいぜい-3dBぐらいの凹に落ち着く。勿論アンプはサチらない。片方を落とすために、少なくとも二つのスピーカーが必要になる。

 

 二つの音源がある場合、両方の定在波の節が同じ位置、つまりは聴いている位置に来る可能性はまずない。節の位置は、ほんの僅かな距離の違いで大きく変化するので。なので、片側の音源からの節が運悪く当たったとしても、もう片方は普通の音圧。結果として合成された音圧はせいぜい-3dBの凹に収まるはず。二つの音源がある場合、やっぱり凹は発生するけれど、定在波の節ではないと思う。

 

 複数のスピーカーの利点はもう一つ。一番無理のない低音のブーストが出来る事。二つのウーハーを鳴らすと、f0以下にまで低音は伸びる。理由はこれまた単純。100Hz以上ぐらいになると部屋の複雑な反射の影響で、音圧はそんなに上がらない。一つの時とほぼ同じ。低くなると波長が伸びるので、反射しても元の音と大して変わらなくなって、3dBぐらいは上がってくる。嘘のようなホントの話で、これはとても自然な低音が出る。そして定在波対策にもなる。ある程度の距離を空ける必要があるので、やっぱり広い部屋が大事。

 

 今はそんな補正も入るので単独の正弦波でこんな特性。45cmのウーハーでf0は30Hzぐらいだが、四本使うとかなり下まで自然に行く。システムの入れ替えの時、暫く補正が入らなかった。比べてみると、やっぱりあった方が良いかなと言う印象。コンサートホールの低音は、ふわっと来る。柔らかくて優しい。でも爆風が建物を吹き飛ばすように、空気の圧力は凄まじい。柔らかいのだが、軽々とふわっと体が浮き上がってしまうような低音。そういうのに近くなる。

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 もう一つのキモのデジタルフィルターは、反応速度を考えないと、これまた完全に無意味となる。うちの部屋に合わせた特性は、実測値から簡単に設定できる。こんな按配。節の周波数で高いQを持つノッチフィルターを作ればよい。タップの長さを増やすと反応速度が遅くなる。生の楽器であっても、特定の音が一秒ぐらいしか出ないという場面はある。その間に反応できなければまったく無意味という事。

 

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 但し、高いQは長いタップにしないと実現できない。その妥協点は、12kHzサンプリングならば4096のタップ。これはデータの取り込みにかかる時間の問題なので、4096/12000≒0.3秒。逆に言うと、12000/4096≒2.9Hzの解像度が上限。これ以上のQにすると、反応が遅れるので無意味になってくる。デジタルフィルターの反応速度が、全てを支配するという珍しい実例。 因みに、こんなインパルス応答になる。2048の所はもっともっと上まで行くけど、他が見えなくなるのでカット。ほとんど通過で、幾つかの周波数でノッチが働くと、こんな感じになるみたい。

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 もう数年前の事で記憶が定かでないけれど、周波数からしてこれが補正ありと無しの比較だと思う。前が補正なしで、定在波の完成後はかなりレベルが落ちる。後のは補正が入るので、少し落ちた後にそこそこのレベルに戻る。元の信号は一秒ぐらいだけ出てる。0.3秒の反応時間ならば、まあ良いかという感じ。この補正が、節の四つの周波数に対してかかる。厳密には波長は温度で変わるから、最初は夏用と冬用の二つぐらい用意したと思う。

 

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 使ってみると、一つで問題なさそうだったから、今は一つだけ。時々特性測るけど、いつも同じぐらいに収まってる。デジタル補正なので、波長が温度で変わるか、部屋に大きな反射板を置いたりしなければ、変動要因はない。一度デジタルフィルターの定数が決まると、後は手間いらずで定在波の節を潰せる。デジタルオーディオの華はこんな曲芸が、超絶の安定度で可能な事。アナログではSFの世界の話にしかならない。とどのつまり、広い部屋とデジタルフィルターがキモ。

 

 古き皮袋に新しい酒と言った塩梅で、アナログ的な大工仕事で広めの部屋を建て、最新のデジタル技術の酒で満たしてやれば良いという話。DACだけとかスピーカーだけとか、そういう方法論ではクラシックの低音は出ない。オーディオの低音の決め手は大工。電子回路設計よりも、ずっと効能がある。家具職人になってスピーカーの箱を作っても、功徳は薄い。マニ車は大工。

 

 公務員してた人で、日本伝統の軸組の家を建築申請から自分でして、立てた人がいて、本も出てる。家をおっ建てるのは、今のようなネット環境が整備されている時代では意外と簡単。二十歳で死ぬのは思いっきりの勇気がいるとしても、自作の家は少しばかりの蛮勇で立つ。問題があるとすれば、大抵の仕事よりも自給自邸の方がずっと面白いので、仕事するのがアホ臭くなる。

 

 公務員の人も役所辞めた。私はこれで会社を辞めました、というCMが昭和の頃に一世を風靡した。私は家で会社を辞めました、になる可能性は高い。覚せい剤とは違うので常習性もないし、体を壊す事もない。脚立から落ちるというのは、どうしてもあるが。些か社会生活に支障が出るかもだけど、おっ建てようと発心する人は、最初から少し浮いているだろうから、特に変化なしと考えて差し支えないだろう。それは誤差の範囲。